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先日のブログで、僕の学校がWFPの「学校給食プログラム」の対象に選ばれ、
給食の材料として大量のミルミルと豆が届けられたものの、
うまく使われずに倉庫に眠っているという話を書きましたが、
先日、ミルミルのその後を見れる出来事がありました。
http://www.wfp.or.jp/activities/sfp.html

関係者にとっては悲しい出来事でしたが、
「援助」の現場について再度考えてみたいと思います。

 + + + + +

先日、僕の学校で学校で運動会が行われました。
日本の学校で運動会と言えば、
クラス一丸となって応援や種目の練習に長い時間を充てる
学校行事の一大イベントですが、
ザンビアの学校で前もっての練習など出来るはずも無く、
前日になって突然「明日は運動会だ」と言われました。

100m走や1500m走など陸上競技大会のような種目が行われたのですが、
全員が参加する訳では無く、
参加者は足の早そうな生徒の中から教員が勝手に選びます。

「運動会だって、目標に向かって集団で準備や練習を重ねる
立派な教育活動の一つになるのになぁ…。」

と日本で教育を受けてきた自分から見ると疑問に思ってしまいますが、
こちらの先生にそんな感覚は全く無いらしく、
生徒も先生も、数少ない娯楽の一つとして行事を楽しんでいるようでした。

1種目終わるたびに、自分のクラスの生徒が優勝すれば、
クラス総出でコースに飛び出してきて大騒ぎです。
長距離走に至っては、2位以下の生徒は
トップがゴールした時点で走るのをやめてしまいます。
順位を付けている先生ですら、自分のクラスの生徒がゴールすると
記録を付けるのを放り投げて一緒に大騒ぎしているのですから(笑)

DSC08522.jpg
グラウンドを走る生徒。走るフォームの美しさはさすが!

それはそれでザンビアの「運動会」の在り方なので
良いかと思っていたものの、
ビックリしたのは前日の運動会準備の時。

普段は使っていない学校近くの広場を
運動会の日はグラウンドとして使用するため、
生徒みんなで草刈りをしてコースを作りました。

IMG_0052.jpg
グラウンドの準備をする生徒。この白線、何を使って描いていると思いますか?

ひとしきり草刈りが終わって、
コースを作るために白線を引こうとした時に、
白線を引くための石灰が無いことが判明。

てっきりまた生徒に買いに行かせるのかと思っていたら、
「そう言えば倉庫にミルミル(※)が余っていたね。
 あれを持って来て線を引きなさい。」
と信じられない事を先生が言い出しました。

(※)ミルミル:トウモロコシを粉にした、シマの原料。ザンビアの主食。

生徒は勿論、他の先生も全く疑問を呈する様子も無く、
WFPから送られてきたミルミルを持って来て、
どんどんと地面に撒いていきます。

石灰なんて、ザンビアでも全然高価なものではなく、
街に行けば50kgあたり数百円で売っています。
その程度のお金が学校に無い訳でもありません。
でも、買いに行くのが面倒くさい。
しかも使い道に困っているミルミルが学校にはある。
じゃあそれを使ってしまおう。
そんな考えが当たり前のように通ってしまうのです。

最終的に、約400kgのミルミルが、
たった一日の運動会のために地面に撒き捨てられました。
数世帯の1年間分に相当する量の食糧です。

運動会当日、何事も無いかのように
食べ物の上を走りながら大騒ぎする子ども達と教員を見て、
とても悲しい気持ちになりました。

さすがに今回の件は黙っている訳にいかず、
WFPで働く隊員に通報したところ、
当校への食糧援助を見直す旨の連絡が来ました。

 + + + + +

日本で暮らしていると、どこに行っても
「アフリカの飢えた子ども達」
の情報が伝えられ、
彼らに寄付金を与えるためのキャンペーンが
半ばファッションのように行われています。

出された食べ物を残す子どもに対しては、
「世界には食べたくても食べられない子もいるんだから、
 残さずきちんと食べなさい。」
と教えられることもごく一般的です。

そして、
「食べたくても食べられない飢えた子ども達」が
沢山いるはずのアフリカの学校現場では、
先進国から送られてきた食料が、
運動会の白線の代わりに使われ、
子ども達はそれを踏み潰しながら楽しく遊んでいます。
こうした実態のどれほどが、援助する側の先進国に伝えられているでしょうか。

学校給食プログラムや、その他の国連援助を
否定したい訳では全くありません。
食糧難に苦しんでいる地域は実際に存在するし、
(それがザンビアでは無いにしても)
うまくいっている事例も沢山あります。

でも、こうして援助する側とされる側の思いが
すれ違ってしまうケースも山ほどあります。
特に、大きな金額を扱う援助機関では。
だからと言ってそうした「失敗事例」が
日本で伝えられることは殆どありません。
そんなことをしたって、寄付金が減って
援助機関は自分達の首を絞めることになるだけだからです。

募金や援助をしようという
善意の心はとても大切なものですが、
せっかくの善意があるなら、
お金を出して満足するのではなく、
それが本当に相手のためになっているのか、
一歩踏み込んで考えてみるのも大切ではないでしょうか。
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【2012/06/11 16:12】 |   〃  :悩、迷
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きりん
WFPに通報する前に、あなたは何をしましたか?

Re: タイトルなし
桐生朋文
「きりん」さま。コメントありがとうございます。
大変申し訳ございませんが、ニックネームからは心当たりがないのですが、どなたでしょうか…?

面識の無い方とネット上で意見交換をするのは、
意図の食い違いがあって混乱を招く可能性が高いため、
宜しければ簡単な自己紹介と共に
個人あてにメールを頂けますでしょうか?
E-mailもしくはSkypeにてやりとりさせて頂ければと思います。
よろしくお願いします。

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早いもので、ザンビアに赴任してからもうすぐ1年が経ちます。
JICA事務所での中間面談も終了し、
学校も残すところ今年最後の1週間となりました。

「あっという間だった」なんて、
とても言えないような不思議な1年でした。
何もかもが初めてで衝撃の連続で、
きっと、この1年と、これからの1年が、
帰国後の自分のライフスタイルの土台になるんだろうなって
感じられるような時間でした。

協力隊の2年間、
「最初の半年は生活に慣れるのに精いっぱいで、
 次の半年でやるべきことが見え始めてくる。
 最後の半年は帰国後のことで頭がいっぱい。」
と言われています。

やるべきことが見えてきたのか、
この国で自分がすべきことが分かったのか、
甚だ心許ないですが、
残りの1年、1年目の繰り返しにならぬよう、
もっと出来ることは無いのか、探し続けていきたいと思います。

 * * * * *

ザンビア人と一緒に働き始めて1年。
同僚のザンビア人を変えられたかと言えば、
はっきり言って、何も変わってないように思います。
ただ、それより多少なりとも変わったのは
自分の方かもしれません。

 * * * * *

3学期も残り1週間になり、
学校では学年末テストが行われています。

今回、自分は数学のテスト問題を作成し、
理科のテスト問題はザンビア人女性教員に任せてみました。

お約束通り提出期限は全く守られず、
「もう作り終わった」と1か月近く嘘を言われ続け、
テスト前日になってようやく出来上がったテスト問題を見てみると、
何と、学年末のテストのはずなのに、
1学期の内容しか問題に入って無い。
どう見ても去年の1学期のテストの丸写し…。

「せっかくだから、2学期、3学期に教えた内容も
 テストに入れたらどう?」
と提案してみたところ、
これまたお約束通り、ふくれっ面をして、
舌打ちをしながら僕を無視してそのテストが使用されることになりました。

また、そうした勤務態度や、無断欠勤や授業放棄の多さを、
個別に言ってもあしらわれるだけなので、
職員会議の場で正式に校長に申し立てたところ、
「Mr.Kiryuよ、ここはアジアじゃない。
 朝から昼まで働いて疲れてる教員に、
 毎日学校に来て午後まで働きなさいなんて私は言えない。」
と回答されました。反論する気力も失せます。

毎日こんなことばっかり続いて、
最初の頃は、
「何でこんな当たり前のことで
 子どもみたいな喧嘩をしなきゃいけないの…」
と落ち込んでいましたが、
半年も経つと、良い事か悪い事か分かりませんが、
あまり感情が動かなくなりました。

「まぁ、俺が来る前からずっとこうやって働いてたんだよな」
「あ~あ、またご機嫌ナナメになっちゃったよ。
 今度はどんな風にアプローチしてみようかなぁ。」
「この先生に働きかけても効果が薄そうだし、もっと別な先生を探すか、
 目の前の生徒のためにエネルギーを使った方がいいよな。」

のように思考が働くことが多くなり、
自分と全く違う常識で動いているザンビア人を、
一歩引いて見れるようになった気がします。
これは成長と言えるのか?自分には分かりません。

ただこんな時、教師系の職種で来ていて救われたと思います。
学校現場ならまだ、
「せっかく学校に来てるのに学校が機能して無くて、生徒が可哀そうだなぁ…」
で済みますが、こんな勤務態度がもし、
命を扱うような医療現場で横行していたらと思うと、
自分は耐えられていたかどうか。
耐えられずに、自分の心もそんな風になるのを恐れて、帰国していたかもしれません。
(そして、実際に横行しているようで、
 協力隊で心を病む人が最も多いのは医療系の職種だと言われています。)

 * * * * *

どんなに腐った現状があっても、それを批判したって全くの無意味。
愚痴を言う時間とエネルギーがあるなら、それを「じゃあ何が出来るか」に向けること。
完璧を求めないこと。自己満足だっていい。
それと同時に「こんなもんでいいや」と決して思わないこと。
変えられる部分を一つずつ、自分の問題として改善していくこと。
そこでもしも、賛同してくれる同志が見つかったのなら、その幸福と幸運に感謝。

そんな姿勢は、
協力隊に来たからこそ身に付くものの一つかもしれません。
1年経ってそんな風に思えてきました。
日本に居た時は「より優れた場所」ばかり見すぎていました。


怖いのは、ザンビア人を一歩引いて見るようになってしまったために、
彼らに対して感動する心まで封じ込めてしまうこと。
それは絶対に避けたい。

彼らとの適切な距離感を、心地良い必要は無いから、
日本に帰ってからも持ち続けられるようなsustainableな距離感を、
残り一年で築けたらと思います。

【2011/11/30 22:44】 |   〃  :悩、迷
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これは僕の学校に限った話ではないと思いますが、
ザンビアの学校では、もしかしたらアフリカの学校ではどこでも、、
遅刻や無断欠席がとてつもなく多いです。

例えば、僕の学校では1時間目は朝7:00から始まるのですが、
その時間に学校に来ている生徒は全体の2割くらいで、
その時間に学校に来ている先生はもっと少ないです。
7時半頃になって、ようやく過半数が集まってきます。
そのため、1時間目の授業は殆ど行われていません。

先生方は気が向いた時だけ思い出したように遅刻を叱るのですが、
そうして叱っている先生が時間通りに来ていないのだから、
子ども達は言う事を聞くはずがありません。

「先生が時間通りに学校に来ない」
→「時間通りに学校に行ってもどうせ授業は無い」
→「遅れてもいいやと生徒が思う」

という悪循環に陥っているように思います。

時間を守る重要性を学ぶのも学校の役割だと思っているので、
何とかしてこの遅刻を減らせないかと思っていました。

特に、自分が1時間目に授業がある日は
生徒がどれだけ少なくても必ず7:00に授業を始めるようにしていました。
授業について来れなくなるのであまり多用はしなくても、
遅刻した生徒は外に立たせて授業を受けさせない事もありました。
そんなことを半年間続けても、一向に改善される気配のない遅刻の多さ。

中には遅刻した生徒に体罰を加えている先生もいるのですが、
他の生徒はそれを笑って見ているだけ。
何の効果もありません。

一体何故かこんなに遅刻が多いのか。
理由を考えてみました。

1)家が遠くて7時始業に間に合わない。
2)家の手伝いを朝はしなければならない。
3)他のみんなも遅れてるからいいや、と思う。
4)学校がつまらなくて行きたくない。
5)どうせ桐生以外の先生は朝いないからいいや、と思う。
6)時間を守るという習慣が社会の中に無い。
7)今が何時か分かっていない。
8)「7時」という時間まであと何分あるのか分かっていない。

当初は、1)~6)が主たる理由だろうと思っていました。
それは確かに理由なのでしょうが、
最近気づいたのは、実は7)と8)の理由も大きいという事でした。

先ず、ザンビアの学校の教室には時計がありません。
「予算が無くて買えない」「壁に時計をかけると盗まれる」が理由です。
そして、掛け時計がある家庭などごく少数です。
先生方や、携帯を持っている生徒は、携帯電話で時間を見ています。
すると、携帯を持っていない生徒は今が何時か分からないどころか、
「時刻」の概念に日常生活で触れることなく成長する可能性があります。

試しに、生徒に自宅にあった時計を持って行って見せて、
「今何時?」
と聞いてみました。

このようにぴったりの時間なら、半分以上の子が正しく答えられます。
DSC08610.jpg

しかし、こんな風に長針が12からずれた時刻を見せると、
正しく時計が読める子は激減します。
DSC08613.jpg

ましてや、
「今から30分経ったら、何時何分になる?」
なんて聞くと、
答えられる子は学年で2~3人(全体の1%くらい)です。

つまり、多くの生徒は今が何時何分か理解していないだけでなく、
「7時」と呼ばれる時刻まであとどのくらいあるのか、
もしかしたら「時間を守る」ということが
具体的にどのような動作を示すのか分かっていない可能性があるのです。

数学の同僚の先生は、
「あの子たちに時間を守らせるのは不可能だ。
 だから教師たちは、実際の時間より1~2時間早く時間を告げる。」
と言っていました。

それを「文化」と呼んで容認しても構わないのでしょう。
伝統的な生活スタイルで太陽の動きとともに働いていれば、
「何時までに」と制限を設ける必要も無いでしょう。
あるとしても「雨期が始まる前に」などの、もっと大きなスケジュールでしょう。

時間に縛られて行動する西洋的価値観を、
時計を持っていないような家庭に強要するのは
彼らの生活様式を大きく変えることになってしまいます。

でも、「学校」に来ている以上、
せめて時計の読み方くらいは習得した方が
彼らのためだろうと思っています。
西洋文化を求めて発展しているザンビア社会は、
彼らが職を探す時には今よりさらに、
時計も読めず時間を守れない人間にとっては
非常に生きづらい社会になっているでしょうから。

そこで、先学期の終わりから自宅から毎日時計を学校に持って行って、
自分の授業の時には黒板の上に置いておくことにしました。
授業の最初は毎回「今何時?」と聞くことから始めてます。

1ヵ月経っても、何度聞いても
「I don't know.」
として答えてくれない生徒も少なくないのですが、
根気よく続けていこうと思っています。

【2011/09/17 18:07】 |   〃  :悩、迷
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ご報告が遅くなってしまいましたが、
無事に任地マザブカに到着し、
2月14日より学校での活動を開始しています。

「無事に」とは言い難い様々なハプニングもあったのですが、
取り敢えずこうしてブログをかけるような状況になったので良しとします。
これから始まる2年間の生活。
この地で教師として働ける幸運に感謝しながら
一日一日を大切に過ごしていきたいと思います。

 + + + + +

赴任して最初の一週間。
まだまだ学校の様子にも慣れないので、
自分の授業が無い時は学校の中をウロウロと見学して先生方と雑談をしたり、
他の先生方の授業を見学させて頂いていました。

「さて、何をしよう」と考えた中で、
先ず気になったのが、理科室の現状。
いや、正確には理科室ではなく、
実験機材などの置いてある2畳ほどの空きスペースなのですが、
ご覧のようにゴミの山の中にボロボロの実験機材が置いてあるだけの悲惨な状況でした。
せっかく実験器具があっても、
どんな器具がどれだけあるのかすら分かりません。

P2010043.jpg

という訳で、理科の同僚に提案して、生徒にも手伝ってもらいながら
赴任二日目に実験器具の大掃除をしました。

P2160024.jpg

一体いつから掃除をしていなかったんだろうというゴミの量です。
いや、掃除をしても分類整理が苦手ですぐにこの状態に戻ってしまったのかもしれません。
10年前の音楽のテストと、腐ったような薬品と、
食べかけのパンと、新品の試験管と、人体模型の下顎が、
一緒のダンボールに詰め込まれたりしてます。カオスです。

それでも、同僚の理科の先生が乗り気になってくれたお陰で、
どんな実験器具があるのかくらいは把握できる状況になりました。

P2170044.jpg

機材は全然揃っていないし、まだまだ先は長いですが、
「使ったら洗って元の場所に戻す」を習慣にするあたりから、
少しずつ改善していきたいと思います。

 + + + + +

その日あった出来事を一つご紹介します。

以前のブログでもご紹介した通り、
現在、僕の赴任先であるカオンガBasic Schoolには
8,9年生400人に対して
理科の先生が僕を含めて2名しかいません。
僕は数学も担当してるので実質1.5名です。

T先生という若い現代風の女性なのですが、
彼女が僕の唯一の理科の同僚ということになります。

掃除をしている最中、
生徒の一人がかしこまった様子で入ってきて、
「申し訳ないですが授業をして頂けないでしょうか?」
とT先生に言ってきました。

どうやら、彼女の授業の時間が始まっていたようです。
当然、掃除を中断して授業に行くのかと思ったら、

T先生「ちょっとあなた、代わりに授業をしてきてくれない?」

とびっくりするような事を言ってきました。

僕「違う学年の授業をイキナリしろと言われても無理です。」

T先生「教科書を黒板に書いたら帰ってきていいから。簡単でしょ?」

さすがにこれには反論しました。

僕「このクラスはT先生のクラスです。T先生が授業をするべきです。」

そしたらT先生、ノートを机に叩きつけて
見るからに不機嫌そうに授業に向かいました。

…当たり前のことを言っただけのつもりなのに、
何でこんなことで怒らせてしまうんだろう。
頼めば授業を代わりにやってくれる便利な外国人とか、
そんな風に自分は思われてるんだろうか。

授業内容どうこうの前に、
自分の授業の時間には授業に行く、
そんな当たり前の事すら全く「当たり前」では無い
ザンビアの学校の状況に、
生徒達が可哀そうになって、
何だか悲しくなりました。

 + + + + +

このブログを読んでくれてる高校生のみんなは、
自分の学校の先生のこと、
学校を卒業してる方は自分の学生時代を思い出してみて下さい。

授業時間になっても呼びにいかないと授業に来ない。
授業をしても教科書を黒板に写してベラベラと喋るだけ。
そんな先生にひざまづいて
「授業をして頂けないでしょうか」
と言えるでしょうか。

日本だったら、仮に学校の先生が気に食わなければ、
塾に行くことも出来るし、
書店で参考書を買ってきて自分で勉強することも出来ます。
その恵まれた環境を批判するつもりは全くありません。

でも、多くのザンビアの小中学生にとっては、
学校の先生が勉強するたった一つの手段です。
当然塾などありません。
自習をしようにも、教科書を持っている生徒は
クラスに一人いるかいないかです。
先生の黒板が、情報の全てです。

それでも、高校受験は受けなければならず、
学歴がいかにザンビア社会で重要になってきているかも、
彼らは理解しています。
結果、どんな先生であっても、
生徒たちは先生を拒否することは出来ません。

 + + + + +

かかる状況で
「せめて自分は下手でも一生懸命な授業をしよう」と思って
体の空く限り沢山の授業をしたところで、
焼け石に水であることは、頭では分かっています。
自己満足に過ぎないことも、理解しています。

それでも、こうして学校現場で生徒と先生の顔を見てしまうと、
自分の働き方をそういう方向に持っていきたくなってしまいます。

自分が協力隊員としてこの学校でどんな位置に立つべきなのか、
整理するにはもう少し時間がかかりそうです。

【2011/02/28 20:46】 |   〃  :悩、迷
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なおき
うちの理科実験器具倉庫はカギが紛失して
何があるのか未だに把握出来ていない。
そろそろドアを壊してもイイように思えてきた今日この頃。


ますぴー
桐生さんの頑張りが伝わってきます。

立ち位置って、すごく難しいよね。

桐生さんのブログみてたら、やる気が出てきたぞー!
オレも頑張りますっ!

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