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ご報告が遅くなってしまいましたが、
無事に任地マザブカに到着し、
2月14日より学校での活動を開始しています。

「無事に」とは言い難い様々なハプニングもあったのですが、
取り敢えずこうしてブログをかけるような状況になったので良しとします。
これから始まる2年間の生活。
この地で教師として働ける幸運に感謝しながら
一日一日を大切に過ごしていきたいと思います。

 + + + + +

赴任して最初の一週間。
まだまだ学校の様子にも慣れないので、
自分の授業が無い時は学校の中をウロウロと見学して先生方と雑談をしたり、
他の先生方の授業を見学させて頂いていました。

「さて、何をしよう」と考えた中で、
先ず気になったのが、理科室の現状。
いや、正確には理科室ではなく、
実験機材などの置いてある2畳ほどの空きスペースなのですが、
ご覧のようにゴミの山の中にボロボロの実験機材が置いてあるだけの悲惨な状況でした。
せっかく実験器具があっても、
どんな器具がどれだけあるのかすら分かりません。

P2010043.jpg

という訳で、理科の同僚に提案して、生徒にも手伝ってもらいながら
赴任二日目に実験器具の大掃除をしました。

P2160024.jpg

一体いつから掃除をしていなかったんだろうというゴミの量です。
いや、掃除をしても分類整理が苦手ですぐにこの状態に戻ってしまったのかもしれません。
10年前の音楽のテストと、腐ったような薬品と、
食べかけのパンと、新品の試験管と、人体模型の下顎が、
一緒のダンボールに詰め込まれたりしてます。カオスです。

それでも、同僚の理科の先生が乗り気になってくれたお陰で、
どんな実験器具があるのかくらいは把握できる状況になりました。

P2170044.jpg

機材は全然揃っていないし、まだまだ先は長いですが、
「使ったら洗って元の場所に戻す」を習慣にするあたりから、
少しずつ改善していきたいと思います。

 + + + + +

その日あった出来事を一つご紹介します。

以前のブログでもご紹介した通り、
現在、僕の赴任先であるカオンガBasic Schoolには
8,9年生400人に対して
理科の先生が僕を含めて2名しかいません。
僕は数学も担当してるので実質1.5名です。

T先生という若い現代風の女性なのですが、
彼女が僕の唯一の理科の同僚ということになります。

掃除をしている最中、
生徒の一人がかしこまった様子で入ってきて、
「申し訳ないですが授業をして頂けないでしょうか?」
とT先生に言ってきました。

どうやら、彼女の授業の時間が始まっていたようです。
当然、掃除を中断して授業に行くのかと思ったら、

T先生「ちょっとあなた、代わりに授業をしてきてくれない?」

とびっくりするような事を言ってきました。

僕「違う学年の授業をイキナリしろと言われても無理です。」

T先生「教科書を黒板に書いたら帰ってきていいから。簡単でしょ?」

さすがにこれには反論しました。

僕「このクラスはT先生のクラスです。T先生が授業をするべきです。」

そしたらT先生、ノートを机に叩きつけて
見るからに不機嫌そうに授業に向かいました。

…当たり前のことを言っただけのつもりなのに、
何でこんなことで怒らせてしまうんだろう。
頼めば授業を代わりにやってくれる便利な外国人とか、
そんな風に自分は思われてるんだろうか。

授業内容どうこうの前に、
自分の授業の時間には授業に行く、
そんな当たり前の事すら全く「当たり前」では無い
ザンビアの学校の状況に、
生徒達が可哀そうになって、
何だか悲しくなりました。

 + + + + +

このブログを読んでくれてる高校生のみんなは、
自分の学校の先生のこと、
学校を卒業してる方は自分の学生時代を思い出してみて下さい。

授業時間になっても呼びにいかないと授業に来ない。
授業をしても教科書を黒板に写してベラベラと喋るだけ。
そんな先生にひざまづいて
「授業をして頂けないでしょうか」
と言えるでしょうか。

日本だったら、仮に学校の先生が気に食わなければ、
塾に行くことも出来るし、
書店で参考書を買ってきて自分で勉強することも出来ます。
その恵まれた環境を批判するつもりは全くありません。

でも、多くのザンビアの小中学生にとっては、
学校の先生が勉強するたった一つの手段です。
当然塾などありません。
自習をしようにも、教科書を持っている生徒は
クラスに一人いるかいないかです。
先生の黒板が、情報の全てです。

それでも、高校受験は受けなければならず、
学歴がいかにザンビア社会で重要になってきているかも、
彼らは理解しています。
結果、どんな先生であっても、
生徒たちは先生を拒否することは出来ません。

 + + + + +

かかる状況で
「せめて自分は下手でも一生懸命な授業をしよう」と思って
体の空く限り沢山の授業をしたところで、
焼け石に水であることは、頭では分かっています。
自己満足に過ぎないことも、理解しています。

それでも、こうして学校現場で生徒と先生の顔を見てしまうと、
自分の働き方をそういう方向に持っていきたくなってしまいます。

自分が協力隊員としてこの学校でどんな位置に立つべきなのか、
整理するにはもう少し時間がかかりそうです。
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【2011/02/28 20:46】 |   〃  :悩、迷
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なおき
うちの理科実験器具倉庫はカギが紛失して
何があるのか未だに把握出来ていない。
そろそろドアを壊してもイイように思えてきた今日この頃。


ますぴー
桐生さんの頑張りが伝わってきます。

立ち位置って、すごく難しいよね。

桐生さんのブログみてたら、やる気が出てきたぞー!
オレも頑張りますっ!

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2月12日(土)に、任地マザブカに正式に赴任しました。

防犯上の問題でまだ家に住み始めることが出来ず
少しの間はゲストハウス暮らしなのですが、
何はともあれ、ようやくマザブカでの生活がスタートします。

早速、これから住む街を
ぐるぐると散歩して回りました。

IMG_0396.jpg
夕暮れ時のマザブカの街並み

スーパーや銀行もあるので生活には困らないものの、
中心部だけなら徒歩で十分なほどの小さな街です。
通りを歩いていて白人(ザンビアでは日本人も白人扱いです)を
見ることは殆ど無いため、
肌の色が違う自分は否応無しに注目を集めてしまいます。
周りの人々がジロジロとこちらを見つめます。

ふと、スタジオジブリ「魔女の宅急便」の、
主人公キキが新しい街に到着したシーンを思い出しました。

13歳になった魔女修行の一環として、
知人のいない街に一人で降り立ち、
不安そうに肩をすくめるキキの状況が、
何だか今の自分に似ているようで思わず笑ってしまいました。
海は見えませんが、サトウキビ畑なら見える街です。

 + + + + + 

街を歩いていたら、中学生くらいの男の子に
突然声をかけられました。

男の子「すみませんが、Sさんを知ってますか?」

Sさんとは、同じくマザブカの街で理数科教師として
活動されていた先輩隊員です。
2年間の任期を終えて、既に日本に帰っておられました。

桐生「知ってるよ。僕と同じ日本人の先生だ。どうして彼の事を知っているの?」

男の子「He is my best teacher! I miss him!」

ビックリしました。
Sさんがこんなにも子どもたちの記憶に残っていることに。
感激しました。
Sさんのことをbest teacherと言って僕に話しかけてくるその子の姿に。

例えば日本の中学校にも、
英語の時間にはALTの先生がいたかと思います。
だからと言って、街で欧米人を見かけた時に
「○○先生を知っていますか?」
と話しかけることが出来るでしょうか。
話しかける勇気を振り絞らせるほど、
記憶に残る先生がいたでしょうか。

実は、同様の経験はこれ一度ではありませんでした。

学校の生徒から、街ですれ違う見知らぬ人から、
Nさんを知っているか、Oさんを知っているか、と
幾度となく聞かれました。

きっと、この街のかなりの数の人にとって、
「街に住んでる日本人」=「学校の先生」
という認識が定着しているのだろうなと思わずにいられないくらい、
色んな人に声をかけられました。

この街に理数科教師隊員が入るのは、
僕で最後になるとJICA内部では決定しているそうです。
つまり、僕は彼らにとって恐らく最後の
「日本人の先生」になるのです。

ここに住む2年間の間に、
自分もこの街で彼らのような存在になれるのだろうか。
「会いに行きたい」と言われるくらい
生徒達と信頼関係を築くことが出来るのだろうか。

偉大な先輩方が街に残した置き土産に、
少しのプレッシャーと、
大きな希望をもらいながら、
マザブカでの最初の一日を過ごしました。

数年後、もしも日本人の誰かがこの街を訪れた際に、
「Mr.Kiryuを知ってるか?」と言ってもらえたら、
最高の成果の一つであると思います。

 + + + + + 

映画の中で最初は不安そうにしていたキキは、
宅急便を開業することで自分の「居場所」を見つけ、
トンボという友人を見つけて人の輪が広がり、
誠実に仕事をして問題を解決していくことで、
その街の「住人」となっていきます。

キキのようなドラマチックな出来事は起こらないかもしれませんが、
この街で過ごせる一日一日を大切に、
「住人」に少しでも近づけるように生活していきたいと思います。


ただ、その頃には僕ももはや
黒猫ジジの言葉が分からなくなっているのかもしれませんが。

【2011/02/12 22:37】 |   〃  :嬉、喜
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前回に引き続き、ニュースレター『ともふみ』第2号をお届けします。

個人的に連絡先を存じ上げている方々については
個別にメールにて配信させて頂いておりますが、
もしも、メールでの配信を希望される方、
もしくは取りやめたい方がいらっしゃいましたら、
その旨ご連絡ください。


【2011/02/12 22:26】 | ニュースレター
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1月31日から2月3日にかけて、
これから赴任する任地へ行ってきました。

本格的な活動開始は2月14日(月)から。
それに先立って学校や街の様子を見学したり、
業務内容の打ち合わせをすることが目的です。

僕の任地は、首都ルサカから
バスで南へ2時間弱走ったところにある
マザブカという地方都市です。
サトウキビ生産で有名な街で、
ザンビアの中では"the sweetest town"と呼ばれているところです。

P1310011.jpg
マザブカの街並み

街の中心部にあるカオンガBasic Schoolが
僕の配属校です。

P2030048.jpg
正面から見たカオンガbasic school

P2020047.jpg
中庭の様子

生徒数は1年生から9年生まで合わせて約2,000人。
ここで、8,9年生を対象として
数学と理科の学習環境を改善していく事が主な活動内容になります。

先生方は非常に好意的に迎え入れて下さり、
一先ず「自分が来ることを誰も知らなかった」
という協力隊らしいハプニングには見舞われませんでした(笑)

今回は打ち合わせのみで
訪問を終える予定だったのですが、
なんと諸事情により数学、理科の教員が休職中で不足しており、
僕が赴任するまではそのクラスの数学、理科の授業が
開始されないという状況だったので、
急遽授業も行うことになりました。
8,9年生400人8クラスに対して、数学、理科の先生が1人ずつしかいません。
そのため、1月10日から新学期は始まっているにも関わらず、
僕の担当するクラスでは1カ月近くの間、
数学と理科の授業が行われていませんでした。

きり「何で先生方は休んでいるのですか?」
同僚「分からない。具合が悪いと言っている。」
きり「先生がいない時間は、生徒たちは何をしているのですか。」
同僚「自分たちで勉強しているんだと思う。多分。」

とまあこんな状況で、事態をあまり呑み込めないままに、授業開始。
本来であればもっときちんと準備をしてから
初回授業には臨みたかったのですが、
子どもたちに向かって
「準備してないから授業は出来ません」とも言えず、
一晩のみの準備で数クラスの授業開きをしてきました。

 + + + + +

生徒達はやはり非常に素直で
これから学校に行くのが毎日楽しみになりそうだったのですが、
そんなワクワクと同時に、
非常に気になってしまったことが一つありました。

とあるクラスの初回授業の最中。
突然同僚の先生が教室に入ってきて、
「今から職員会議をやるから来い」
と命じてきます。

きり「いや、今授業中なんですけど。」
同僚「そこまでで終わっていいから。」

そんなに大事な用事なのかと思って、
やむなく途中で授業を切り上げて行くと、
そこにはほぼ全職員の姿が。

あれ?まだ午前10時だよ?
授業は?生徒は何してるの?
というか、教職員会議があるなんて事前に一言も聞いてないよ?

ミーティングの内容も
失礼ながら重要とは思えないようなもので、
コーラを飲み、ミートパイを食べながら、
英語の先生が英語の発音について研修を行うというものでした。
そのミーティング時間、なんと4時間。
その間、生徒たちは完全に放置。

きり「授業時間中だけど、授業はしなくていいの?」
同僚「今は教員が学んでいる時間だからいいのだ。」
きり「職員会議っていつ行われるの?」
同僚「決まっていない。校長がやると言ったらその日にやる。」


いやいや、ちょっと待て。
教師が学校に来てるのは生徒のためじゃないのか。
ただでさえ授業時間数が全く足りていないのに
会議をしなきゃいけないなら、授業終了後にやればいいじゃないか。
生徒が誰も教科書を持っていないのに、
理科室にはビーカーすら満足に無いというのに、
校費でコーラやミートパイを買っているのか。

意見を言おうか散々迷いましたが、
来たばかりの外国人の若造に文句を言われたら
良い気分のはずはありません。
この日は何も言わずにおきました。

こんな僕の困惑を知ってか知らずか、
生徒達は慣れたもののようで、
教師がいなくても騒ぐことも無く、
各クラスとも思い思いに過ごしています。


そもそも「学校」や「先生」に対する考え方が、
日本とは違うのだろうか。
それとも、もしかしたらこうした仕組みにも
長くいると分かる合理的な理由があるのだろうか。
(お菓子やジュースを出さないと先生方が職員会議に出席しない、とか。)

いずれにしても、僕はここでは何も知らないヨソ者で、
先ずは周囲の先生方との信頼関係をしっかりと築かねばなりません。

しばらくは、異文化との出会いに、
戸惑うことも多そうです。


それにしても、こうして学校という舞台が用意されていて、
「どうしたらいいんだろう?」と考えられる課題が山ほどあって、
そこで余計な事を考えずに自由に働いていいなんて、
何て楽しい環境なんだろうと思わずにはいられません!
いよいよ、来週からこの学校での活動が始まります!

【2011/02/06 05:40】 |   〃  :困惑、怒
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mamix
がんばれー


キリ
ありがと!

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僕らザンビア理数科教師隊員は、
公立学校の一教員として、
数学や理科の授業を改善していくことが活動の基本となります。

そのため、前回書いた先輩隊員訪問では、
訓練の一環として「教育実習」もさせて頂きました。

「教育実習」と言っても正式なものではなく、
先輩隊員が無償の御厚意のみで行って下さっているものです。
自分の任地での活動を開始する前に、
本当に貴重な経験を積ませて頂いたことを、
先ずはこの場を借りて心から御礼申し上げたいと思います。

 + + + + +

今回の教育実習では、
先輩の担当されているGrade8,9(日本の中学2,3年生に相当)の
数学と理科の授業を2日間のみですが担当させて頂きました。

ザンビアの学校では、生徒の数に対して
教室や先生の数が圧倒的に足りていないため、
1クラス60人程度のクラスがごく当たり前です。

加えて、理科室や実験器具も全くと言っていいほど
整っていないため、
理科の実験を一つするだけでも、
どうにかして身の回りのモノから実験器具を作らないといけません。

P1270194.jpg
一つしか無い実験器具は、こうして見せて回りました

ここに来る前に参加した日本での65日間に渡る派遣前訓練でも、
現地の状況を想定した英語での模擬授業は何度か行っていました。

それでも、
ザンビアの子ども達を前に教壇に立つことも、
60人の生徒に対して一斉授業をすることも、
台所にあるもので理科実験を行うことも、
電気の無い暗い教室でボロボロの黒板に板書することも、
全てが初めての環境。

どんな時であれ、授業をする時はいつも
「今日は子ども達からどんな反応が返って来るんだろう」と緊張するのですが、
この日は特に緊張して学校に向かいました。

 + + + + +

教室に入って先ず驚いたのは、
子どもたちの礼儀正しさと元気の良さ!!!

こちらが"Good morning"と挨拶をすると、
全員素早く立ち上がって、
"Good morning sir! How are you?"
と気持の良い声が返ってきます。
「座っていいよ」と言えば、
きちんと"Thank you sir!"と言ってから座ります。

前の授業の板書が残ったままだったので、
「誰か消してくれない?」と声をかけると、
われ先にと取り合いのように手が挙がります。

授業が始まった後でも、
「ここはどうなるかな?」って問題を出したりすると、
沢山の生徒が指名して欲しくて手を挙げて、
指名された後で分からなくて悩んだりしてます(笑)。
可愛すぎる。

14,15歳の生徒達がですよ?!
信じ難いほど、真っ直ぐ。

日本の公立中学校のイメージが強かった自分にとっては、
この光景だけで感動してしまいました…。

早く自分の赴任する学校の生徒たちに会いたい!
早く働き始めたい!
そう思わずにはいられませんでした。

P1260021.jpg
こうして見ると、固い顔して授業しています…

肝心の授業の中身はというと、
60人の生徒をコントロール仕切れずに騒がしくなってしまったり、
範囲を終わらせなきゃという意識ばかりが先行して生徒のペースに合わせることも出来ず、
はっきり言ってボロボロで、
日本での指導経験も豊富な先輩隊員には
厳しくも丁寧なご指摘をいくつも頂きました。
下手くそな授業をしてしまって、
生徒達には「ゴメンね」の申し訳ない気持ちでいっぱいです…。

日本人同志、隊員同士の訓練では
決して味わえなかった悔しさ。

その悔しさを、こうして良い時期に味わえたお陰で、
目が覚めたような気がします。

この国のために、この国の未来を担う子ども達のために、
こんなことをしよう、あんなことをしよう、
そんな理想ばかりが知らず知らずのうちに先行していたように思います。

先ずは、一人の教員として、
生徒、同僚、保護者から信頼されるような働き方をしよう。
それに見合うだけの技を身に付ける努力をしていこう。

ようやく、学校に派遣される協力隊員として
スタートラインに立ったような気分でした。

御指導して頂いたS先輩隊員、
本当にありがとうございました。

P1260006.jpg
一生懸命にノートをとる生徒

【2011/02/05 22:24】 | 現地訓練
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