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先日の大統領選挙に関連して書いた当ブログの記事を、
日本の某高校で勤務されてる社会科の先生が、
ご自身のブログ内で紹介して下さいました。
こちらのブログです。⇒「アフリカ留魂録」

ESDや開発教育において様々な実践を行っていらっしゃるベテランの先生です。
そこでこんな若造の戯言をご紹介頂き…、本当に恐縮です。

自分が高校生の時にこんな先生に出会っていたかった。
心からそう思います。

 + + + + +

先生はブログの中で、「桐生先生」と紹介して下さっていますが、
自分が「先生」と呼ばれることには、
正直言ってまだふわふわした感じを覚えます。

少し、昔のことについて書きたいと思います。

高校生の頃は、自分が将来「先生」になろうだなんて
これっぽっちも考えていませんでした。

免許くらいは取っておけと言う両親からの勧めも無視して
やりたいことが定まらずに5年間かけて大学を卒業した後で、
当時は「ここしか無い!」というくらいに希望して入った会社も辞めて、
再び大学に入学し直して教員免許を取り、
そうして今、アフリカで教壇に立っています。

それでも、会社を辞める時には一片の迷いも無かったし、
犠牲にする他の全ての事を差し置いても、
「世界」を見に行きたいという情動を
2年前の自分は抑えることが出来ませんでした。

こんな事を言うと「自分探し」に奔走する
イマドキの若者らしいと呆れられるかもしれませんが、
国際協力や教育に、高校生の頃は興味が無かった訳ではありません。
ただ、その興味を自覚していなかったのだと思います。
自分が真にやりがいを感じる瞬間や感性と、
その実現手段として教育という仕事を結び付けることに、
気付かせてくれる機会と出会うことが無かっただけなのだと思います。

その機会が自分の中で十分に満ちるのに、
他の「先生」方よりは少し時間がかかってしまい、
幾らばかりか回り道をしてしまったのだと、言い訳をしています。

もしも自分が17歳の時に、
自分で自分の生きる道を初めて選択する高校生という時期に、
「世界」の広さを教えてくれる教師に出会えていたら、
働くことがどれだけ彩り豊かなものか
嬉々として語ってくれる大人に出会えていたら、
もう少し回り道をせずに、
アフリカに来ていたのかもしれません。

だから僕は、
「こんな先生に出会っていたかった。」
と言いたいのです。

でも、今更自分の過去を振り返ってもしょうがありません。
これから大人になる高校生の人生が少しでも幸せなものになるよう、
こうして紹介して下さった先生や両親のような立派な教育者に、
少しでも近づけるよう、日々研鑽を重ねること以外に
今自分に出来ることは無いと思っています。

 + + + + + 

最近、日本の写真を見ると、
「懐かしさ」ではなく「憧れ」を感じるようになりました。
ザンビア人の感覚に近づいてきたのかもしれません。

あれほど自分が見たいと望んだ「世界」とは
一体何のことだったのだろうと思うことがあります。

日本に居た時は「未知の世界」であったアフリカでも、
子ども達は毎日学校に行き、友達と遊び、
おとな達は毎日働き、酒を飲み、時間が過ぎています。
ここが世界から切り離されている訳でも何でもなく、
ザンビアにはザンビアの普通の時間が確実に流れており、
彼らにとって、いつか見てみたいと思っている「世界」とは、
「夢のような」生活を謳歌している日本なのです。

そんなライフスタイルの選択肢を
ザンビア人が手に入れたいと望むのなら、
僕はそのために出来ることをするためにここにいます。

逆に、「途上国」の日常を見たいと望む若者のために、
これまでスタディツアーの企画等をしてきました。

でも、本当の「世界」っていうのは、
貧しい国があるとか豊かな国があるとかじゃなくて、
日本もザンビアも含めた
無数の「普通」が存在することを自覚すること、
そこに住む普通の人々の顔を思い浮かべ、
彼らに対応する複数種の時間軸を自分の中に持つこと、
そして、異なる「普通」を行き来できる
「どこでもドア」を心の中に持つこと、
なんじゃないかなって思っています。

無数の「普通」は国を超えた場所だけでなく、
日本の中にも沢山存在していると思います。
自分の考えている「普通」だけが、「普通」じゃない。
そう信じられることは、
日本で過ごす上でも様々な場面で
心に余裕をもたらしてくれると感じています。

みんな違って当たり前。
そんな視点を伝えられる教員になっていきたいです。
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【2011/09/28 23:22】 | 日々の風景
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回り道も全部
Akihisa
回り道も全部、血肉になっているのでしょう?
そんな遠回りの蓄積こそが、自分の財産でしょう?
日本の高校生に、世界って仕事って人生って面白いんだぜって自信を持って伝えている、そんな姿を早くみたいっすww

コメントありがと☆
桐生
回り道を後悔してる訳じゃ全然無いよ~。
むしろ、キミと一緒に働いてた会社が自分の唯一の民間金融機関経験だったことは、俺の誇りです。
日本に帰ってから、高校生に自信を持って大人になることにオモシロさを伝えられるよう、頑張ります。

こんにちは
Asa
はじめまして!
たまたま、本当にたまたまBlogを拝見して、
すごく共感してしまいコメントさせていただきました。
実は23-2のJOCVです。笑

まだ活動はじまったばっかりですが、
ちょっと軸がぶれて、こんな回り道して、
私何をしているんだろうって、思ってしまっていたので、
なんだかとても勇気付けられました。

きっと無駄なことなんて何もなくて、
ここ任地で送っている何でもない日々も宝物なんだなって、
改めて思うことができました。

また、たまBlog拝見させていただきますね!


Asako TAOKA

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先日のブログでもお伝えした通り、
現在ザンビアは5年に一度の大統領選挙の真っ只中です。

9月20日に投票が行われ、そして木曜深夜、ついに結果が発表されました。

その前に今回の選挙の構図を簡単にまとめておくと、
与党が、現大統領ルピア・バンダ氏率いるMMD(複数政党制民主主義運動)。
それに対抗する主要な野党が、
PF(愛国戦線)とUPND(国家開発統一党)となっています。

ザンビア全体で見ればMMDとPFの一騎打ちと言える状況なのですが、
僕の住む南部州ではUPND支持者が圧倒的に多くなっています。

現与党のMMDは1991年以来20年間に渡って
ザンビアの政権を握っていました。

前回の選挙ではMMDがPFに僅か数パーセントの差で勝利したとあって、
今回も接戦が予想されており、
選挙前はザンビア全体が不安定な雰囲気になっていました。
各地で政党間の衝突が起こって道路が封鎖されたり、
選挙当日も投票箱が強奪されて
投票用紙が燃やされるという事件なども起こったそうです。

その選挙の結果はというと…、

PFが勝利し、20年ぶりの政権交代が起こりました。
ザンビアの新しい大統領は、
バンダ氏に代わってマイケル・サタ氏になりました。

本日、首都ルサカではサタ氏の大統領就任演説とともに、
バンダ氏の敗北宣言も出されたようです。

そのため、ルサカは朝から祝賀ムード。
ほぼ全ての商店が閉鎖されて、
就任演説が行われている付近は身動き取れないほどの人混みだそうです。
JICA事務所長も就任演説に呼ばれたものの、
あまりの混雑に会場まで辿り着けずに諦めて帰ってきたらしいです(笑)。
JICA事務所も急きょ早めのクローズです。

data.jpg
ザンビアの新大統領マイケル・サタ氏。
写真はBloombergより。
http://www.bloomberg.com/news/2011-09-23/opposition-leader-sata-wins-zambia-s-presidential-election-1-.html

ザンビアの選挙は明確なマニフェストが
打ち出されて行われるわけではないので
今後の具体的な政策は分かりませんが、
PFはMMDよりも保守的で、資源権益を守るために
中国企業の進出に制限をかける等の可能性もあるとのことです。
これからザンビアはどこに向かっていくのでしょう。
ザンビアが「資源の呪い」に罹らないことだけは切に祈ります。


 + + + + + 

UPND支持者が多いはずの我が町マザブカでも、
今日はみんながお祝いモードです。
道路にはクラクションを鳴らしながら
ブブゼラを吹く車が走り回り、
学校も朝からその話題で持ちきりで、
授業をする雰囲気では全くありませんでした。
そもそも生徒も1割くらいしか来ていません。
僕と、もう一人の先生だけが8クラス分の生徒を
一つの教室にまとめて授業を行いました(^^;

IMG_0744.jpg
僕のボスにあたる先生はこんな格好で当校
胸には大きく"YOUR VOTE IS YOUR RIGHT"の文字

「マザブカはUPNDでしょ?
 PFが勝ったのに何故みんなこんなに喜んでるの?」

と先生方に聞いてみたところ、

先生A「MMDが勝ったらPFが暴動を起こす可能性があった。
 PFが勝ったから平和に選挙が終わった。
 平和が訪れたから喜んでるんだ!」

先生B「誰だって自分が勝ったと言って騒ぎたいでしょ?
 だから、みんなPF支持者に今日は乗り替わったのよ♪」

何とも平和な、ザンビアらしい答えです:)

学校に来ている数少ない生徒達も
「新しい大統領が来だ!!」と興奮気味。
PFのシンボルである、拳を突き合わせる挨拶をみんなでやりました。
日本だったら、選挙の結果一つで中学生がこんなに盛り上がるなんて
絶対にあり得ないよなぁ…。
政治への関心という点では、日本よりザンビアの子どもの方が
遥かに民度が高いように思います。

植民地分割の結果として国境線が引かれ、
部族主義と利権が絡み合うアフリカ諸国では、
このように選挙を通じてスムーズに政権交代が行われる例は
大変貴重なものだと思います。
まだまだとはいえ、ザンビアがアフリカの中で
「民主化のお手本」と言われているだけあります。

歴史の節目に居合わせたような気がして、
何とも不思議な気分です。

さて、日本ではこのニュース、
どのくらい流れているのでしょうか?




【2011/09/24 13:27】 | ザンビアあれこれ
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ニュースレター『ともふみ』第6号をお届けします。

個人的に連絡先を存じ上げている方々については
個別にメールにて配信させて頂いておりますが、
もしも、メールでの配信を希望される方、
もしくは取りやめたい方がいらっしゃいましたら、
その旨ご連絡ください。

日本のニュースを見ていると、自然災害の多さに胸が痛みます。
今回の台風15号による被害の大きさにも驚かされました。
被害にあわれた皆様に心よりお見舞い申し上げます。


さてザンビアでは先週、5年に一度の大統領選挙が行われました。
接戦となった選挙では野党PFが勝利し、大統領の交代が起こりました。
アフリカで選挙を通じて政権交代が起きた貴重な出来事であると思います。

さて、今回のニュースレターでは、そんな選挙前後の様子と、
ザンビアでの活動状況について、特に「理科」についてお伝えさせて頂きます。
よろしければご一読ください。




【2011/09/23 13:35】 | ニュースレター
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ザンビアでは、5年に一度大統領選挙が行われます。
本日9月20日はまさにその投票日で、
学校などはお休みです。
突発的な暴動に備えて隊員は全員自宅待機命令が出ています。

ザンビアはアフリカでも非常に平和とされる国ですが、
それでも選挙前は首都ルサカを中心に
政党間の衝突やデモ活動が頻発してようです。

ですが、僕の任地マザブカは平穏そのもの。
誰に聞いても
「ザンビアは平和な国だ。そんな心配をするな。」
と言われるだけです。
投票日の今日も、いつもと変わらぬ日常が続いているように思います。

IMG_0729.jpg
マザブカの町の選挙ポスター。青い方が与党のMMDで、赤い方が南部州で優勢なUPND。構図が分かりやすい。

 + + + + +

休日には、市場に買い物に出かけたり
教材研究したりすることが多いのですが、
今日は外出不可なので引きこもって
活動の準備や教材作成をしていました。

ちょうど昨日、理科授業の様子をヒアリングしに行った高校の先生から、
「分子の構造が、生徒にとって理解が難しい。」
と相談を受けていたので、
分子模型の作成にチャレンジです。

日本だったら、カラーの資料集にCGに、
視覚的な教材が沢山ありますが、
高校と言ってもやはり教科書を持っている生徒は少なく、
先生の黒板による説明だけなので、
実際に見れる模型があったら便利だろうと思い、
下記サイトを参考にさせて頂き、作ってみたのがこちら。
http://www.venus.sannet.ne.jp/eyoshida/index.htm

IMG_0740.jpg
街で売ってる厚紙で作ったエタンの模型。

上記の模型、糊も一切使わずに作れるようになってました。
こんな模型を開発して公開してくださってる先生がいるなんて、
やっぱり日本の理科の先生は凄い…。感動です。

ただ、ザンビアでは難しいかなと断念しました。
というのも、日本人の僕が作っても、
相当の細かい作業を要求されるため、
ザンビア人には面倒くさがられて普及しないだろうなぁ、と思ったためです。
(以前、子どもに折り紙をやらせてみたら
 「半分に折る」だけの時点で四苦八苦してました(^^;))

という訳で、折り紙で作れないかと
簡易版を作ってみたのがこちら。

IMG_0741.jpg
折り紙で作った、同じくエタンの模型。

正四面体を折ってくっ付けただけなので、
2重結合や3重結合を再現できない、
くっ付ける時にノリが必要、等の難点はありますが、
上記よりは大分簡単に作れるので、
どんな反応が返ってくるか、
来週作り方を紹介してみようと思います。

ザンビアで紹介できる理科実験は無いかと
日本の書籍で調べて自分で色々試しているのですが、
半分以上はボツになります。

でも、「これなら出来るかも!」というものを見つけて、
ザンビアの教室で使われているシーンを想像するとワクワクします♪
さて、次はどんな実験を試してみようか。

【2011/09/20 19:20】 | 日々の風景
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匿名
今日のマザブカはどうですか?もし何か起きるとしたら投票結果がでてから、なので、2、3日は気をつけるにこしたことはないですよ。

ところで赤の政党はPFじゃなくてUPNDです。
PFは第一野党だけれども、南部はPFよりもUPNDの方が力があります。党首はハカインダ。(Hakainde Hichilema、HHとも言われる。)
PFのカラーは緑です。
でも色があせちゃって青に見えるときもあるけれども。

私はマザブカから強制避難させられて現在ルサカです。日曜日か月曜日に帰宅予定。
そのうちまたお茶でもしましょう。


桐生
コメントありがとうございます。
PFとUPNDを間違えるとはマザブカ在住として恥ずかしすぎる…。直しておきました(^^;

ルサカの方が危ないようにも思うのですが、そちらの様子はいかがですか?またマザブカで♪

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ザンビアに来る前、食事については
「ザンビアではじゃが芋とトマトしか野菜が手に入らない。」
という根も葉もない噂を聞いていました。

ところが、実際にはそんな事全く無くて、
じゃが芋、トマト、キャベツ、白菜、ホウレンソウ、
人参、タマネギ、オクラ、等々、かなりの野菜が手に入ります。

ただ、贅沢を言えば、茄子、大根、長葱、春菊など
日本らしい野菜が食べたくなることもあります…。

そこで、せっかく日本から持ってきたor送ってもらった
野菜の種たちもあることなので、
自給できるものは可能な限り自給に挑戦してます。

DSC08676.jpg
日本から送って頂いた種の数々。

DSC08652.jpg
自宅の庭。色々な野菜を植えています。

DSC08659.jpg
庭にはバナナの木もあります。

DSC08651.jpg
パパイヤの木もあるので食べ放題。

当初は野菜からスタートしてたのですが、
「肉」と「卵」も自分で作ろうと思い、
ヒヨコも飼い始めました。

DSC08643.jpg
同居人のヒヨコ夫婦。

DSC08641.jpg
ブロックで作った鳥小屋。

今まで、鶏を絞めたことはあっても、それは別の誰かが育ててくれた鶏で、
自分でちゃんとヒヨコから育てた鶏を食べたことはありません。
命を戴く営みは、こんな機会にちゃんと経験しておこうと思います。

食事は毎日、3食全部自炊。
野菜や果物は自分の庭で採って、残り物はヒヨコの餌。
朝は5時起き、6時半出勤がルーチン。

東京で暮らしていた時には絶対考えられなかった生活。
日本に帰ったら、きっと自分のライフスタイルも大きく変わっているんだろうな。

DSC08639.jpg
おまけ。こんなトレーニングセットも自分で作っています。

【2011/09/19 06:47】 | 日々の風景
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kambe
毎回楽しく読ませていただいてます.
私がPCの前で論文を書いているのでは絶対に気づけない発見を毎日なさっているのは,すごいなと心から尊敬しています.

ところで,種子の国外移動って,法律的に問題ないんでしょうか?ちょい,気になってしまいました.

お体お気をつけて.
更新を楽しみにしています.

久しぶり~
桐生
さすがカンベさん、三四郎らしいコメントをありがとう(笑)!

一応法令では「7.トウガラシ属 20.ラッカセイ 21.Hibiscus(オクラ等) 24.レタス 26.トウモロコシ 30.エンドウ 38.ダイズ 43.トマト」は輸入許可が必要らしいから(ちゃんと問い合わせましたよw)、それは日本産のは植えてないよ。写真中に青々としげってるキャベツやトマトは、ザンビア品種です。

でも気になるので、上リストに無い日本野菜でも、一応F1種子を買っていて、増えないようにはしています(^_^;)

そうか
kambe
こういうときに,F1種子は役に立つんですね.
コロンブスの卵です!

おーついに!
ayano
ついにひよこを飼い始めたんだね!
あのお庭がこんなふうに・・・
なんだか感慨深いです!!

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これは僕の学校に限った話ではないと思いますが、
ザンビアの学校では、もしかしたらアフリカの学校ではどこでも、、
遅刻や無断欠席がとてつもなく多いです。

例えば、僕の学校では1時間目は朝7:00から始まるのですが、
その時間に学校に来ている生徒は全体の2割くらいで、
その時間に学校に来ている先生はもっと少ないです。
7時半頃になって、ようやく過半数が集まってきます。
そのため、1時間目の授業は殆ど行われていません。

先生方は気が向いた時だけ思い出したように遅刻を叱るのですが、
そうして叱っている先生が時間通りに来ていないのだから、
子ども達は言う事を聞くはずがありません。

「先生が時間通りに学校に来ない」
→「時間通りに学校に行ってもどうせ授業は無い」
→「遅れてもいいやと生徒が思う」

という悪循環に陥っているように思います。

時間を守る重要性を学ぶのも学校の役割だと思っているので、
何とかしてこの遅刻を減らせないかと思っていました。

特に、自分が1時間目に授業がある日は
生徒がどれだけ少なくても必ず7:00に授業を始めるようにしていました。
授業について来れなくなるのであまり多用はしなくても、
遅刻した生徒は外に立たせて授業を受けさせない事もありました。
そんなことを半年間続けても、一向に改善される気配のない遅刻の多さ。

中には遅刻した生徒に体罰を加えている先生もいるのですが、
他の生徒はそれを笑って見ているだけ。
何の効果もありません。

一体何故かこんなに遅刻が多いのか。
理由を考えてみました。

1)家が遠くて7時始業に間に合わない。
2)家の手伝いを朝はしなければならない。
3)他のみんなも遅れてるからいいや、と思う。
4)学校がつまらなくて行きたくない。
5)どうせ桐生以外の先生は朝いないからいいや、と思う。
6)時間を守るという習慣が社会の中に無い。
7)今が何時か分かっていない。
8)「7時」という時間まであと何分あるのか分かっていない。

当初は、1)~6)が主たる理由だろうと思っていました。
それは確かに理由なのでしょうが、
最近気づいたのは、実は7)と8)の理由も大きいという事でした。

先ず、ザンビアの学校の教室には時計がありません。
「予算が無くて買えない」「壁に時計をかけると盗まれる」が理由です。
そして、掛け時計がある家庭などごく少数です。
先生方や、携帯を持っている生徒は、携帯電話で時間を見ています。
すると、携帯を持っていない生徒は今が何時か分からないどころか、
「時刻」の概念に日常生活で触れることなく成長する可能性があります。

試しに、生徒に自宅にあった時計を持って行って見せて、
「今何時?」
と聞いてみました。

このようにぴったりの時間なら、半分以上の子が正しく答えられます。
DSC08610.jpg

しかし、こんな風に長針が12からずれた時刻を見せると、
正しく時計が読める子は激減します。
DSC08613.jpg

ましてや、
「今から30分経ったら、何時何分になる?」
なんて聞くと、
答えられる子は学年で2~3人(全体の1%くらい)です。

つまり、多くの生徒は今が何時何分か理解していないだけでなく、
「7時」と呼ばれる時刻まであとどのくらいあるのか、
もしかしたら「時間を守る」ということが
具体的にどのような動作を示すのか分かっていない可能性があるのです。

数学の同僚の先生は、
「あの子たちに時間を守らせるのは不可能だ。
 だから教師たちは、実際の時間より1~2時間早く時間を告げる。」
と言っていました。

それを「文化」と呼んで容認しても構わないのでしょう。
伝統的な生活スタイルで太陽の動きとともに働いていれば、
「何時までに」と制限を設ける必要も無いでしょう。
あるとしても「雨期が始まる前に」などの、もっと大きなスケジュールでしょう。

時間に縛られて行動する西洋的価値観を、
時計を持っていないような家庭に強要するのは
彼らの生活様式を大きく変えることになってしまいます。

でも、「学校」に来ている以上、
せめて時計の読み方くらいは習得した方が
彼らのためだろうと思っています。
西洋文化を求めて発展しているザンビア社会は、
彼らが職を探す時には今よりさらに、
時計も読めず時間を守れない人間にとっては
非常に生きづらい社会になっているでしょうから。

そこで、先学期の終わりから自宅から毎日時計を学校に持って行って、
自分の授業の時には黒板の上に置いておくことにしました。
授業の最初は毎回「今何時?」と聞くことから始めてます。

1ヵ月経っても、何度聞いても
「I don't know.」
として答えてくれない生徒も少なくないのですが、
根気よく続けていこうと思っています。

【2011/09/17 18:07】 |   〃  :悩、迷
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今回は、僕の街での暮らしをご紹介したいと思います。

「アフリカって、土で出来た家に住んでるんだよね?」
と聞かれたことがあります。

はいその通りです。こんな感じですね。

ザンビアの伝統的家屋
ザンビアの伝統的な家屋

農村部の住宅はまだまだ多くがこんな感じですが、
都市部の暮らしは全く違い、首都ルサカにはアパートのような集合住宅すらあります。
ただ、僕ら隊員はさすがにこんな家で暮らしている訳ではなく、
安全管理上色々と問題があるので、
コンクリート作りの普通の家に住まわせてもらっています。

それでも、日本で新しい家に住むのとは勝手が違い、
赴任当初は生活環境を整えるのに一苦労でした。

最初に揃えなければいけなかったのが「家具」。

日本のように家具屋さんがあって、
そこに行けば完成品から選べる訳ではありません。
基本的には全てオーダーメイド。
大工さんにお願いして、一つ一つ交渉して作ってもらうことになります。

P2030083.jpg
マザブカにある大工さんの集まり

IMG_7209.jpg
ここに行って家具を作ってほしい旨を伝えて

P2210050.jpg
家具の種類や寸法を相談します

大型家具を自宅に揃えられるような人は少ないので、
こうしてオーダーメイドにした方が効率的なのでしょうね。
どんなクオリティの家具が出来てくるか非常に不安だったのですが、
出来上がった家具は期待以上の仕上がり!!

IMG_0442.jpg
自分の「作品」の前でポーズをとる大工ジャクソン

IMG_0439.jpg
椅子も作ってもらいました

IMG_7275.jpg
輸送はもちろん人力です(笑)

マザブカに限らず、
ザンビアはどこの街でもこんな感じで
家具は大工さんに作ってもらうのが一般的なようです。

家具事情一つとってみても、大きさから木の種類まで指定して
値段交渉から始めないといけないのがザンビア。
こうした買い物方法に慣れてしまうと、
誰とも会わずにボタン一つで買い物が済んでしまう日本の仕組みを、
何だか味気なくも思います。

【2011/09/11 15:59】 | ザンビアあれこれ
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ニュースレター『ともふみ』第4号をお届けします。

個人的に連絡先を存じ上げている方々については
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もしも、メールでの配信を希望される方、
もしくは取りやめたい方がいらっしゃいましたら、
その旨ご連絡ください。

皆様への近況報告としてのニュースレターが、
前回の発行より約半年が経過してしまったこと、
先ずはお詫びいたします。

大きな怪我や病気をすることもなく
生活や活動にもすっかり慣れました。
任地マザブカに限らず、ザンビア各地やタンザニアを訪問する機会にも恵まれ、
段々とこの国が自分のホームのような安心感を感じています。

それに従い、自分のやっている事に
どこまで発信する価値があるのか疑問が生じ、
長らく筆が進んで いませんでした。

しかし、8月に大学生グループが訪れてくれたおかげで
日本に居た時の気持ちを思い出すことも出来て、
些細な事であれ、これからもザンビアの日々は発信していこうと思いました。

早いもので、ザンビアに赴任してから8ヶ月が経過しました。
僕の学校では9~11月の3学期が始まり、
生徒達は11月の国家試験に向けて勉強に対する目の色が変わりま始めました。

また、先月まで半袖では過ごせないほど寒かった気候も、
9月に入ってから一気に気温が上がり始め、
10月の酷暑を予想させております。

久々の発行のためタイムリーでない話題を含んでおりますが、
またこれから徐々に情報帆発信していきたいと思っています。
ブログと併せて、よろしければご 一読ください。



【2011/09/11 15:03】 | ニュースレター
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