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 公立学校の先生として活動をしていると、
日本の子ども達とザンビアの子ども達の学力の差、
ザンビア国内での子ども達の学力の差が、
否応無しに気になってしまいます。

 ザンビアでも一部の学校には非常に優秀な生徒もいます。
しかし、それは本当にごく一部の私立学校や有名進学校のみで、
平均的な子ども達の学力は、
残念ながら日本とは比べ物にならないくらい低いと言わざるを得ません。

 + + + + +

 僕の活動している学校は都市の公立学校なので、
ザンビア全体でみればそれでもまだ恵まれた子ども達が集まっているのでしょう。
それでも、特に自分の担当している理科と数学の現状は、
日本にいた時に想像していたより遥かに壊滅的でした。

普段の授業では、とにかく簡単なところから始めて、
分かりやすい授業をしようと心がけているのですが、
それでも現状を知れば知るほど、
ザンビアの子ども達の学力が予想以上に低かったことに愕然とします。

例えば、中学2年生に対する数学の授業。
小学校1年生から数学の授業は7年間受けてきているにも関わらず、
クラスの4割くらいは「3+4」などの足し算が暗算で出来ません。
ノートの後ろに3本棒を書いて、さらに4本書いて、
最初から数えてようやく「7」と答えます。
これが出来る子はまだ数の概念が理解できているので平均より上です。

1割くらいの子は、3と4のどちらが大きいのかすぐに答えられず、
数字を正しく書けない子も珍しくありません
(3を逆に書く鏡文字を書いてしまったり、6と9の区別がついていなかったり…)。
分数や少数の概念など、論外です。
一体彼らは小学校で何を学んでいたのか。
進学以前の問題で、大人になってから日常生活に
支障が出るのでは無いかとさえ感じてしまいます。

そんな現状の子ども達に対して、
教科書では1次関数や連立方程式を教えることになっているのです。
内容を理解している子なんて、学年に1人いるかどうか。
ザンビア人の先生が、大多数の子どもが全く理解していないのを承知の上で、
彼らを「切り捨てて」授業を進めている気持ちも分からないでもありません。

 + + + + +

母国語ではない英語で行われる授業、
先生が黒板に書いたことを写すだけの小学校の授業、
低い栄養状態で阻害された心身の発達、
勉強など到底出来る状況に無い家庭環境、
生徒の現状と乖離した教科書、
教科書はおろかペンやノートも満足に買えない経済状況、
数学や科学と無縁な伝統文化、
ろくに授業に来ないザンビア人教師、
教師数の不足による大人数の授業、
頻繁に授業が潰れるずさんな学校運営…。

生徒の低学力の背景にある「言い訳」を探せば、
いくらだって見つかります。

でも、問題の原因を自分以外のところに求めだしたら、教師失格。
教室で起こっていることの全ては、目の前の子どもの現状の全ては、自分の責任。
どこから変えたらいいのか、まだ答えは自分の中でも出ていません。

だからこそ、変えようと試みられる余地が山ほどあります。
自分のように教師経験の殆ど無い若造でも、
「もっとこうしたらいいのに」と思う部分が山ほどあります。
そして、「じゃあこうしたらうまくいくかも!」と思って試すことが、悉く裏切られます。


自分にとっては、なんと恵まれた環境でしょうか。

「どんなことをしてもいいよ。どこまで頑張ってもいいよ。」
そう言われて放り込まれる仕事が、日本で考えられるでしょうか。
好きなだけ頑張ることを許されている。
その身分を税金で保障されている。
そんな現実に対する感謝と責任感を忘れず、活動を続けていきたいです。

まだまだ、やれることはあるはず。
「こんなもんでいいや」
そう思ったら、仕事はとたんにつまらなくなる。
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【2011/07/24 16:47】 | ザンビア教育事情
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