上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ザンビアはアフリカの中でも各国からの支援を特に多く受けている
被援助大国の一つです。

そのため、JICA以外にも各国の援助機関やNGOの
活動内容に接することも多いです。

そんな中で、僕の学校も対象になった、
WFP(世界食糧計画)の「学校給食プログラム」について
援助された学校の中の人間から見たことを
少し紹介したいと思います。

この「学校給食プログラム」は、
子ども達の就学率の向上を目的として
学校に対して無料の給食を支援しているものです。

途上国の一部、ザンビアでも農村部の一部はそうですが、
親の学歴が低くて子どもを学校に通わせる意義を理解していなかったり、
学費を払うのが難しかったりすると、
せっかく地域に学校が出来たとしても、
家の手伝いなどのために子どもを学校に行かせないことがあります。

(実際は、「どうせ行ってもろくな授業がされない」とか、
 子どもが学校に来ない理由は他にも沢山あるのですが、
 それはまた記事を改めて…。)

そんな家庭に
「子どもを学校にやった方がいいですよ」
と説得したところで、行かせるメリットが理解されなければ
なかなか就学率の向上に結び付きません。

そこで「学校給食プログラム」では、学校に来るメリットとして
「給食」に着目します。
ザンビアの学校には、日本の学校に見られるような「給食」は
全寮制の学校でも無い限り見られません。
ですがお弁当を持って来ている生徒はごく少数なので、
お昼を食べずに学校に残っている生徒も多く見られます。

もし給食が無料で提供できるなら、
「給食が食べたいから学校に行く!」という気持ちが働き、
それだけで家庭にとっても生徒にとってもメリットになるため、
給食をきっかけに登校率が上がることが期待されます。
また、きちんと昼食を食べることは
栄養状態の改善、そして成績の向上にもつながります。

そんな訳で、「学校給食プログラム」は援助プログラムとしては有名で、
ポジティブな評価をされることが多いプログラムだと思っていました。
僕のカオンガ小中学校も、今年からその対象校に選ばれました。

先ず届いたのは、数トンに及ぶ大量のメイズと豆。

IMG_0619.jpg

ここで、メイズと豆が届けられたことには感心させられました。
何故なら、メイズはザンビアの主食シマの材料だし、
豆はシマの付け合せとして最もポピュラーなおかずだからです。

ここでもしも、援助国で作られた
「栄養価の高い特別ビスケット」などが配られたらどうなるか。
援助の費用の大部分が、先進国のビスケットメーカーに渡って
援助ビジネスを助長するどころか、
本来昼食に回されるだったはずの国内穀物需要を奪うことになり、
ザンビア国内の農家を疲弊させる結果にもなります。

そうではなくて、ザンビア国内農家からメイズと豆を買い取ることで、
農業への影響も考慮している。
メイズや豆を買う予算を配布するのではなくて、現物を支給することで、
そのお金が流用されることを防いでいる。
素晴らしいと思いました。


…ただ、これで上手くいく訳ないのがザンビア。

せっかく届けられたメイズと豆は、
1ヵ月経っても廊下に山積みにされたままで、
一向に使われる気配がありません。

原因は、調理する人と調理器具が無いからです。
WFPが援助してくれるのは給食の材料までで、
それを実際に給食に調理して、生徒に供給するのは
学校の仕事です。

調理員を雇おうにも、そんな金は無いと学校は言い、
メイズを煮込むための薪を買おうとしても、そんな金は無いと言います。
そして、じゃあどうしよう?という議論を誰もしたがらない。
話を切り出せば自分が給食担当になって仕事が増えるのを嫌がっているからです。

僕から見れば、毎日先生方に校費で振る舞われているお茶とお菓子など、
無駄な支出なんていくらでもあるので、
それを削ろうと職員会議で提案したところ、
「先生は働いて疲れてるから必要だ。それを無くしたら先生が学校に来なくなる。」
と大真面目に校長が答えます…。

結局、遅刻してきた生徒が罰として周囲から薪を集めてきて一度だけ調理したきり、
大量のメイズが給食として生徒にふるまわれることはありませんでした。

生徒は頻繁に
「いつになったら給食食べれるの?」
と聞いてきて、その度に先生は根拠も無く
「来週から」
と答えているだけです。

IMG_0635.jpg
メイズからシマを作る生徒達。遅刻の罰のはずだったのに、無料で食べれるとあってとっても嬉しそう(笑)

給食の材料だけでなく、
調理員の雇上費、調理の燃料代、食器代、
それらをマネジメントする先生への手当…、
そこまでWFPがお金を出して、また、
給食担当者の仕事内容まで事細かにWFPが
決めてあげなければ動かないのか、と思わされました。

いや、そんな「手取り足取り」してあげる必要なんて、
本来無いはずなのです。
そんな事をしてはザンビア側に実務能力が身に付かず、
援助機関が引き上げればゼロに戻るどころか、
次の援助に頼って自分達であるもので工夫しなくなる
援助体質を定着させるだけで、むしろマイナスです。

ベストは全てをザンビアが自分たちでやること。
給食を出した方がいいとザンビアが判断するなら、
その為の仕組みを作る努力をするのが筋でしょう。
援助機関の仕事は、その努力を裏方としてサポートするだけです。
(もちろん国によっては緊急援助などが必要ですが、
 少なくともザンビアはそんなステージではありません。)

でも、学校の先生たちから出る言葉は、
「WFPは調理員を雇う金を出さない」
というドナーに対する文句だけ。
これからどうするかの議論が全くありません。
甘やかされて育った子どものような言い分です。
自分で支援を申請したんだろ、自分でどうにかしろ、と言いたくなります。

 + + + + +

そんな中、放置してあったメイズと豆の山が、
学校から盗まれるという事件が起こりました。

盗んだのは、何と近くの学校の生徒。

数十キロのメイズを夜中にリアカーに積み込んでいるところを
現行犯逮捕されました。

盗んだ学校の生徒は思っていたことでしょう。
「何であの学校だけただでメイズがもらえるんだよ。」
と。援助用語でいうところの「ジェラシー」です。

そしてうちの学校では、先生方が
「こんなことなら自分たちが売ってお金にしてしまえば良かった」
とブツブツ不平を言いながら、
残された大量のメイズは未だ使われる気配が全く無く数カ月が過ぎています。
このまま、ただ腐るのを待つのでしょうか。
それとも、適当に先生方のお昼ご飯になるのでしょうか。


日本の皆様、途上国にモノやお金を寄付しようと思う際には、
どうか現地の状況を熟考して慎重に…。

【2011/11/22 22:24】 | ザンビアあれこれ
トラックバック(0) |

たんなるおもいつき
すずとも
生徒構成の「給食委員会」つくって交代で調理させるとか?
薪などは生徒が家庭から一本持ってこさせればいいのではないかと思いつきました。

生徒会を組織しようと考えているボランティアより。

コメントを閉じる▲
協力隊活動に必要だと言われる3つの「あ」。
あせらない、あわてない、あきらめない。
様々な場面でこの言葉を噛みしめています。

何かやろうと思っても、
日本のようなペースで物事が進むことなんてありません。

誰かと話し合いをしようと言っても、
約束をすっぽかされる、時間を忘れられる。
お店で商品を注文したり、買い物を頼んだりすれば、
お金を持ち逃げされる、何ヵ月経っても注文したものは来ない。
自分一人で出来る事なんて何も無いと思い、
ザンビア人に物事を進めてもらわないといけないと思うために、
何度も何度もザンビア人に期待を裏切られると、
日本に帰る頃には人間不信になってしまうんじゃないかと
心配にさえなってしまいます。

そんな時に思い出すのが3つの「あ」。

自分で思い描くような活動や生活、人間関係が無くたって、
そんなこっちの勝手な期待を相手に求めすぎないこと。
それが「あせらない」ってことなんだと思います。
ザンビアに流れていたこの時間は、自分が来る前も、帰った後も、きっとこのまま。

今日がダメでも明日がある、
明日がダメでも明後日があるの気持ちで
「あわてない」こと。

そして、最近一番大切だなって思ってるのは
「あきらめない」って言葉。
何度裏切られたっていいから、
自分の方が「腐らない」ってことだと解釈しています。

 + + + + + 

先週、学期の真っ最中にも関わらず、
女性教諭の一人が
「このクラスの担任を交代してくれないか?」
と言ってきました。

「私はクラスコントロールに失敗したから、ギブアップした。」
とへらへら言っています。

ふざけるな。
即決で断りました。
ここで引き受けたら
「桐生に頼めば面倒な仕事を引き受けてくれるぞ」
という噂が広がって職務放棄する教員が増えるのが目に見えています。

ギブアップというのは、全力で努力した上で
それでも力及ばずに、そしてさらに努力して再挑戦する
プロセスから逃げることを決断をした時にのみ使う言葉です。

本当に彼女に言ってやりたかった。
あなたは教師として最低限の事をこの子ども達にしていましたか?と。

毎日学校に遅刻し、気分が乗らなければ欠勤し、
生徒が呼びに来るまでは授業に行かない。
担任と言っても生徒の名前も知らず、出欠も取ったことが無い。
「忙しい」と言って職員室でおやつを食べて雑談しているだけ。
そして、たまに教室に行ったかと思えば、
出来ない子どもを適当に怒鳴りつけるだけ。

1年間そんな事を繰り返された結果、そのクラスは
クラス人数45人いるのにかかわらず、学校に来ているのは常時10数名という状態、
不登校率7割という状態になりました。

そんな崩壊した子ども集団を残して、
「あ~失敗。もう面倒だから無理。あとはお願い。」
と言ってくる神経は、理解など到底出来るものではありません。

ただ、その女性教諭も開き直って全く聞く耳も持たず、
最終的には見かねた男性教諭がそのクラスの担任を交代することになりました。

この女性教諭に限った話では無く、ザンビアの多くの学校で状況は同じなので、
こういう教員に対する僕のスタンスはもう決めています。
「何もしない」です。

そのスタンスで何年間も働いてきて、そしてその風土が多数派である学校において、
外国人が小言を言ったところで良いことは一つもありません。
それよりも、圧倒的少数派であってもここで交代を申し出られるような
熱意ある男性教員のサポートを全力で行い、
学校の片隅に少しでもいいから「子どものために何が出来るか考える」雰囲気を
そうしたザンビア人と一緒に作ること、それが自分に出来る事だと思っています。

 + + + + +

ヨーロッパや日本のように、
社会の変化からの必要に迫られて「学校」という装置が作られたのと違い、
ザンビアでは先進国の真似事をして「学校」という仕組みを
形だけ維持させているだけのように感じることが多々あります。

一体この国に「学校」を作ることにどんな意味があるのだろう、
ずっと向き合い続けてきた問いであって、
多分正解は2年経っても出せない問いのだと思います。

でも、少なくとも、
この女性教員のような、責任感が無く努力する価値も知らない大人を
再生産しないことは求められていると思います。

あせらない、あわてない、あきらめない。

【2011/11/14 10:10】 |   〃  :困惑、怒
トラックバック(0) |
先日の大統領選挙に関連して書いた当ブログの記事を、
日本の某高校で勤務されてる社会科の先生が、
ご自身のブログ内で紹介して下さいました。
こちらのブログです。⇒「アフリカ留魂録」

ESDや開発教育において様々な実践を行っていらっしゃるベテランの先生です。
そこでこんな若造の戯言をご紹介頂き…、本当に恐縮です。

自分が高校生の時にこんな先生に出会っていたかった。
心からそう思います。

 + + + + +

先生はブログの中で、「桐生先生」と紹介して下さっていますが、
自分が「先生」と呼ばれることには、
正直言ってまだふわふわした感じを覚えます。

少し、昔のことについて書きたいと思います。

高校生の頃は、自分が将来「先生」になろうだなんて
これっぽっちも考えていませんでした。

免許くらいは取っておけと言う両親からの勧めも無視して
やりたいことが定まらずに5年間かけて大学を卒業した後で、
当時は「ここしか無い!」というくらいに希望して入った会社も辞めて、
再び大学に入学し直して教員免許を取り、
そうして今、アフリカで教壇に立っています。

それでも、会社を辞める時には一片の迷いも無かったし、
犠牲にする他の全ての事を差し置いても、
「世界」を見に行きたいという情動を
2年前の自分は抑えることが出来ませんでした。

こんな事を言うと「自分探し」に奔走する
イマドキの若者らしいと呆れられるかもしれませんが、
国際協力や教育に、高校生の頃は興味が無かった訳ではありません。
ただ、その興味を自覚していなかったのだと思います。
自分が真にやりがいを感じる瞬間や感性と、
その実現手段として教育という仕事を結び付けることに、
気付かせてくれる機会と出会うことが無かっただけなのだと思います。

その機会が自分の中で十分に満ちるのに、
他の「先生」方よりは少し時間がかかってしまい、
幾らばかりか回り道をしてしまったのだと、言い訳をしています。

もしも自分が17歳の時に、
自分で自分の生きる道を初めて選択する高校生という時期に、
「世界」の広さを教えてくれる教師に出会えていたら、
働くことがどれだけ彩り豊かなものか
嬉々として語ってくれる大人に出会えていたら、
もう少し回り道をせずに、
アフリカに来ていたのかもしれません。

だから僕は、
「こんな先生に出会っていたかった。」
と言いたいのです。

でも、今更自分の過去を振り返ってもしょうがありません。
これから大人になる高校生の人生が少しでも幸せなものになるよう、
こうして紹介して下さった先生や両親のような立派な教育者に、
少しでも近づけるよう、日々研鑽を重ねること以外に
今自分に出来ることは無いと思っています。

 + + + + + 

最近、日本の写真を見ると、
「懐かしさ」ではなく「憧れ」を感じるようになりました。
ザンビア人の感覚に近づいてきたのかもしれません。

あれほど自分が見たいと望んだ「世界」とは
一体何のことだったのだろうと思うことがあります。

日本に居た時は「未知の世界」であったアフリカでも、
子ども達は毎日学校に行き、友達と遊び、
おとな達は毎日働き、酒を飲み、時間が過ぎています。
ここが世界から切り離されている訳でも何でもなく、
ザンビアにはザンビアの普通の時間が確実に流れており、
彼らにとって、いつか見てみたいと思っている「世界」とは、
「夢のような」生活を謳歌している日本なのです。

そんなライフスタイルの選択肢を
ザンビア人が手に入れたいと望むのなら、
僕はそのために出来ることをするためにここにいます。

逆に、「途上国」の日常を見たいと望む若者のために、
これまでスタディツアーの企画等をしてきました。

でも、本当の「世界」っていうのは、
貧しい国があるとか豊かな国があるとかじゃなくて、
日本もザンビアも含めた
無数の「普通」が存在することを自覚すること、
そこに住む普通の人々の顔を思い浮かべ、
彼らに対応する複数種の時間軸を自分の中に持つこと、
そして、異なる「普通」を行き来できる
「どこでもドア」を心の中に持つこと、
なんじゃないかなって思っています。

無数の「普通」は国を超えた場所だけでなく、
日本の中にも沢山存在していると思います。
自分の考えている「普通」だけが、「普通」じゃない。
そう信じられることは、
日本で過ごす上でも様々な場面で
心に余裕をもたらしてくれると感じています。

みんな違って当たり前。
そんな視点を伝えられる教員になっていきたいです。

【2011/09/28 23:22】 | 日々の風景
トラックバック(0) |

回り道も全部
Akihisa
回り道も全部、血肉になっているのでしょう?
そんな遠回りの蓄積こそが、自分の財産でしょう?
日本の高校生に、世界って仕事って人生って面白いんだぜって自信を持って伝えている、そんな姿を早くみたいっすww

コメントありがと☆
桐生
回り道を後悔してる訳じゃ全然無いよ~。
むしろ、キミと一緒に働いてた会社が自分の唯一の民間金融機関経験だったことは、俺の誇りです。
日本に帰ってから、高校生に自信を持って大人になることにオモシロさを伝えられるよう、頑張ります。

こんにちは
Asa
はじめまして!
たまたま、本当にたまたまBlogを拝見して、
すごく共感してしまいコメントさせていただきました。
実は23-2のJOCVです。笑

まだ活動はじまったばっかりですが、
ちょっと軸がぶれて、こんな回り道して、
私何をしているんだろうって、思ってしまっていたので、
なんだかとても勇気付けられました。

きっと無駄なことなんて何もなくて、
ここ任地で送っている何でもない日々も宝物なんだなって、
改めて思うことができました。

また、たまBlog拝見させていただきますね!


Asako TAOKA

承認待ちコメント
-


コメントを閉じる▲
先日のブログでもお伝えした通り、
現在ザンビアは5年に一度の大統領選挙の真っ只中です。

9月20日に投票が行われ、そして木曜深夜、ついに結果が発表されました。

その前に今回の選挙の構図を簡単にまとめておくと、
与党が、現大統領ルピア・バンダ氏率いるMMD(複数政党制民主主義運動)。
それに対抗する主要な野党が、
PF(愛国戦線)とUPND(国家開発統一党)となっています。

ザンビア全体で見ればMMDとPFの一騎打ちと言える状況なのですが、
僕の住む南部州ではUPND支持者が圧倒的に多くなっています。

現与党のMMDは1991年以来20年間に渡って
ザンビアの政権を握っていました。

前回の選挙ではMMDがPFに僅か数パーセントの差で勝利したとあって、
今回も接戦が予想されており、
選挙前はザンビア全体が不安定な雰囲気になっていました。
各地で政党間の衝突が起こって道路が封鎖されたり、
選挙当日も投票箱が強奪されて
投票用紙が燃やされるという事件なども起こったそうです。

その選挙の結果はというと…、

PFが勝利し、20年ぶりの政権交代が起こりました。
ザンビアの新しい大統領は、
バンダ氏に代わってマイケル・サタ氏になりました。

本日、首都ルサカではサタ氏の大統領就任演説とともに、
バンダ氏の敗北宣言も出されたようです。

そのため、ルサカは朝から祝賀ムード。
ほぼ全ての商店が閉鎖されて、
就任演説が行われている付近は身動き取れないほどの人混みだそうです。
JICA事務所長も就任演説に呼ばれたものの、
あまりの混雑に会場まで辿り着けずに諦めて帰ってきたらしいです(笑)。
JICA事務所も急きょ早めのクローズです。

data.jpg
ザンビアの新大統領マイケル・サタ氏。
写真はBloombergより。
http://www.bloomberg.com/news/2011-09-23/opposition-leader-sata-wins-zambia-s-presidential-election-1-.html

ザンビアの選挙は明確なマニフェストが
打ち出されて行われるわけではないので
今後の具体的な政策は分かりませんが、
PFはMMDよりも保守的で、資源権益を守るために
中国企業の進出に制限をかける等の可能性もあるとのことです。
これからザンビアはどこに向かっていくのでしょう。
ザンビアが「資源の呪い」に罹らないことだけは切に祈ります。


 + + + + + 

UPND支持者が多いはずの我が町マザブカでも、
今日はみんながお祝いモードです。
道路にはクラクションを鳴らしながら
ブブゼラを吹く車が走り回り、
学校も朝からその話題で持ちきりで、
授業をする雰囲気では全くありませんでした。
そもそも生徒も1割くらいしか来ていません。
僕と、もう一人の先生だけが8クラス分の生徒を
一つの教室にまとめて授業を行いました(^^;

IMG_0744.jpg
僕のボスにあたる先生はこんな格好で当校
胸には大きく"YOUR VOTE IS YOUR RIGHT"の文字

「マザブカはUPNDでしょ?
 PFが勝ったのに何故みんなこんなに喜んでるの?」

と先生方に聞いてみたところ、

先生A「MMDが勝ったらPFが暴動を起こす可能性があった。
 PFが勝ったから平和に選挙が終わった。
 平和が訪れたから喜んでるんだ!」

先生B「誰だって自分が勝ったと言って騒ぎたいでしょ?
 だから、みんなPF支持者に今日は乗り替わったのよ♪」

何とも平和な、ザンビアらしい答えです:)

学校に来ている数少ない生徒達も
「新しい大統領が来だ!!」と興奮気味。
PFのシンボルである、拳を突き合わせる挨拶をみんなでやりました。
日本だったら、選挙の結果一つで中学生がこんなに盛り上がるなんて
絶対にあり得ないよなぁ…。
政治への関心という点では、日本よりザンビアの子どもの方が
遥かに民度が高いように思います。

植民地分割の結果として国境線が引かれ、
部族主義と利権が絡み合うアフリカ諸国では、
このように選挙を通じてスムーズに政権交代が行われる例は
大変貴重なものだと思います。
まだまだとはいえ、ザンビアがアフリカの中で
「民主化のお手本」と言われているだけあります。

歴史の節目に居合わせたような気がして、
何とも不思議な気分です。

さて、日本ではこのニュース、
どのくらい流れているのでしょうか?




【2011/09/24 13:27】 | ザンビアあれこれ
トラックバック(0) |
ニュースレター『ともふみ』第6号をお届けします。

個人的に連絡先を存じ上げている方々については
個別にメールにて配信させて頂いておりますが、
もしも、メールでの配信を希望される方、
もしくは取りやめたい方がいらっしゃいましたら、
その旨ご連絡ください。

日本のニュースを見ていると、自然災害の多さに胸が痛みます。
今回の台風15号による被害の大きさにも驚かされました。
被害にあわれた皆様に心よりお見舞い申し上げます。


さてザンビアでは先週、5年に一度の大統領選挙が行われました。
接戦となった選挙では野党PFが勝利し、大統領の交代が起こりました。
アフリカで選挙を通じて政権交代が起きた貴重な出来事であると思います。

さて、今回のニュースレターでは、そんな選挙前後の様子と、
ザンビアでの活動状況について、特に「理科」についてお伝えさせて頂きます。
よろしければご一読ください。




【2011/09/23 13:35】 | ニュースレター
トラックバック(0) |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。